ライフスタイルナッジ:クラウドファンディングによる小規模就農支援事業
2019年にはNAC照井COOのプロデュースにより、環境省事業の一環として、千葉県の農場のゼロカーボン化を目指すクラウドファンディング参画への行動変容実験が実施されました。
農業を中心とする持続可能なコミュニティの構築に、クラウドファンディングという手法の親和性の高さが注目されています。
事業の概要:
第五次環境基本計画(平成30年4月閣議決定)は、我が国が抱える環境・経済・社会の課題は相互に連関・複雑化し、SDGsやパリ協定など時代の転換点ともいえる国際的潮流の中で、 持続可能な社会に向け環境・経済・社会の統合的向上を図るとしており、その具体策として、「地域循環共生圏」の創造を挙げている。
地域循環共生圏は、「自立分散(オーナーシップ)×相互連携(ネットワーク)×循環・共生(サステナブル)により、新たな価値とビジネスで成長を牽引する地域の存立基盤」としている。また、その5つの重点項目の一つとして、地域経営型・課題解決型など多様なビジネスの創出を挙げており、また「地域金融・ESG金融・地域ファンドによるビジネス支援」を行うとしている。
現在の世界経済を俯瞰すれば、大量に生産し、大量に輸送し、大量に消費することで市場での金銭価値を唯一の尺度とするGDPを押し上げる一方、環境問題や富の二極化など深刻な外部不経済をもたらしたグローバル市場経済は転換点を迎えており、地域循環共生圏が標榜する、自立・連携・共生を基盤として地域市民が新しい価値(CSV:Community Shared Value)を共有し、地域型のビジネスが興隆する潮流にある。
これは、人をつなぐネットワークが生まれ、社会組織内で規範が生まれ、メンバー間に信頼関係が育まれるという好循環で、社会組織の土壌が育まれ、人々の協調行動が活発化し社会の効率性を高められるというソーシャルキャピタル (社会関係資本)の考えにも通底する。
しかしながら、このような新しい価値を地域住民が共有し、ソーシャルキャピタルを確固なものとし、その基盤の上で、地域型ビジネスを持続可能な形で発展させるのは容易なことではない。将来は、不確実で、曖昧で、複雑で、振れ幅の大きいリスクが不可避であるがゆえにチャレンジングだからである。
だからこそ、地域の一人一人が、オーナーシップ・リーダーシップを発揮し、相互連携をし、ビジネスを行い、環境配慮型の資金を循環させていくことが不可欠である。持続可能な地域とビジネスの発展のため、小さく(Small)、計測可能で(Measurable)、実践可能で(Actionable)、研究可能で (Researchable)、実証可能(Testable )な行動を起こし、その過程では誰もが様々な局面でリーダーシップを発揮し得えて (スノーフレークリーダーシップ)、その各人のリーダーシップの積み重ねが、結果として大きな目標の達成となるようなコミュニティ・オーガニゼーションの手法が有効である。
新しい価値を定義し、地域ビジネスを発展させるには、企画力と発信力が欠かせない。こうした、新しい価値の共有、一人一人のリーダーシップ、企画、発信といったコミュニティとビジネスの再構築に向けた諸課題と親和性の高いのが、近年注目されているクラウドファンディングという直接金融の資金調達手法である。
クラウドファンディングでは、数十万円から数百万円程度の資金ニーズに対して、画像・動画を使ったわかりやすいプレゼンテーションと、友人・知人を介したSNS等による伝達・拡散で共感度合いを増幅して、不特定多数の人から少額の支援を積み重ねて目標金額まで集める。かつては、時間的にも物理的にも非常にコストがかかった、不特定多数の人と直接コミュニケーションを取り、少額づつ資金を調達する手法を、インターネット・SNS・ウエブ決済の融合によるFinTech(金融技術)が可能にした。
支援を呼びかけるプロジェクトの企画者は、資金調達だけでなく、賛同してくれる人と共通の目標に向かっていくこと自体に魅力を感じることが多い。アイデア実現のプロセスに直接関わった人々が、作り手とともに新しい価値を作り上げる新しい構図が生まれるパラダイムシフトが生まれている(山本純子氏)。それは、関係者による参加型の社会構築であり、地域社会の活性化を目指し、地方自治体や一般市民が行うケースも増えている。例えば、気仙沼の高校生による地域おこしのためのクラウドファンディングでは、若者の地域離れを引き起こす要因を、「地元の良さを理解する機会がない」「世代を超えて地域の人たちと繋がる機会がない」「新しい価値を生み出す方法を学ぶ機会がない」と判断し、その課題を克服するために行動を起こした。島根県庁のプロジェクトは、「遠くに住みながら、出身地域を応援する、関わり方、参加したいが応援の仕方がわからないという人々に新たなツールを与える」とされた。
このように、クラウドファンディングは地域循環共生圏との親和性が高いが、それゆえにその課題もまた共通である。近年、プロジェクト間の競争が激しくなってきており、高度な企画力(魅力的なプロジェクト形成、リターンの工夫)と発信力(ネットワークの広さや不特定多数の人々へ訴求)を必要とするとなってきている。企画力と発信力は地域ビジネス遂行に当たっても当然必要である。逆に言えば、クラウドファンディングは、リーダーシップを持った地域ビジネスの企画者が、的確にコミュニティの共有価値を反映したプロジェクトを形成し、発信し、伝達・拡散をして共感の振幅を実現できれば、支援者の信頼や満足感を獲得でき、それはクラウドファンディングによる資金調達が可能になるばかりか、地域ビジネスもまた好循環し始める可能性が高い。
上図に示すように、こうしたクラウドファンディングと地域ビジネスの各段階の遂行施策として、ナッジ手法は有効と考える。イギリスのナッジ・ユニットであるBehavioral Insights Teamが提唱しているEASTフレームワークに照らせば、(1) 価値を的確に体現するプロジェクト設計には、「Attractive:人を引きつけるように訴求力を高める」が、(2) 周囲の人々への伝達と不特定多数の人々への拡散による共感の振幅には、「Social:人々が影響される社会環境を的確に利用する」が、(3) 共有する価値観に基づくプロジェクトへの信頼感と満足感の醸成による支援の実現には、「Timely:適切なタイミングで介入を行う。」と「Easy:望ましい行動をとりやすくするために、行動のハードルを下げる。」がとりわけ有効であると考える。加えて、こうしたナッジ施策は、以下のような先端技術の適用と相まった、いわゆるBI-Techによりさらに効果が高まると想定する。
- FinTech: SNSによるコミュニティメンバーへの価値訴求の発信・拡散。電子決済による取引コストの低減。
- IoT & BigData & AI :(例)農作物生育状況・発電状況のリアルタイムでの見える化と共有化。
- ブロックチェーンによるスマートコントラクト・地域仮想通貨:新しい価値の可視化と定量化。価値自体が取引可能に。P2P取引・スマートコントラクトは、企画者vs不特定多数ではなく、「企画者vsまだ知らない誰か」との個人間交流を可能に。